大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)409号 判決
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し金一、六七九万六、一三一円を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求めた裁判
一、控訴組合代理人
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し金一、九三〇万四、八六三円を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決と担保を条件とする仮執行の宣言。
二、被控訴指定代理人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決。
第二、当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否
次に記載するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
(事実関係)
一、控訴組合代理人
(一) 訴外川口フキと訴外岡田モヨ間の長崎地方裁判所昭和二四年(ワ)第六七号所有権取得登記抹消登記手続請求事件、同事件の控訴審である福岡高等裁判所昭和二五年(ネ)第四五号事件の訴訟の経過が、被控訴人主張どおり(原判決七枚目裏二行目の「その本案として」から、八枚目裏三行目の「命ぜられた。」まで)であることは認める。
(二) 川口フキが、みぎ訴訟で予備的請求として、岡田モヨとの裁判外の和解の成立を主張したが、この和解は、岡田モヨが自己の本件宅地の所有権取得登記の違法を認め、その取得を否定してなされたものであって、岡田モヨが川口フキに本件宅地を再売買したわけではない。
(三) 川口フキが申請した仮処分事件(長崎地方裁判所昭和二四年(ヨ)第一八号事件)の被保全権利は、川口フキの本件宅地に対する所有権ではなく、岡田モヨに対する本件宅地取得登記の抹消登記手続請求権である。
(四) 前記訴訟の上告審(最高裁判所昭和二七年(オ)第一、二〇五号事件)の昭和二九年一〇月二一日午後一時の口頭弁論期日で、次の和解が成立した。
(1) 岡田モヨは、長崎市鍛治屋町甲三九番の一宅地一七坪四合八勺(登記番号第四〇号)およびこれから分筆した四坪四合七勺並びに同所甲四三番の二宅地八坪八合二勺(登記番号第四六号)およびこれから分筆した一六一坪(本件宅地分筆前の登記によると長崎市鍛治屋町甲三九番の一宅地二一坪九合五勺及び同所甲四三番の二宅地一六九坪八合二勺)の所有権が川口フキにあることを認め、昭和二四年三月九日受付第二〇八九号をもってした所有権取得登記の抹消登記手続をなすこと。
(2) 川口フキは、右甲三九番の一宅地一七坪四合八勺及び甲四三番の二宅地の一部(浜荘の建物の南側の境界線を延長して道路面に至る以南の部分)の所有権を岡田モヨに無償譲渡すること。
(3) 以上の関係にもとづく土地の所有権移転に伴う当事者間に必要な登記手続を昭和二九年一一月一五日までに行い、川口フキは登記手続完了と引換えに金八〇万円を岡田モヨに支払うこと。
(4) 岡田モヨは、川口フキが長崎地方法務局昭和二五年金第九五六号をもってした金二八万五、〇〇〇円の弁済供託の取戻しに同意し受諾書を直ちに川口フキに渡すこと。
(5) 当事者双方本件和解条項に定める外相互に何等の請求をなさないこと。
(6) 訴訟費用は各自弁のこと。
この和解は、最高裁判所の担当裁判官は勿論のこと、当事者双方も、すでに第三者(建設省)の所有権取得登記のあることを念頭においたうえで成立したものであるから、みぎの第三者に対抗しえないような無価値な和解をするはずはない。この和解は、第三者に対抗できるような効果があるように解釈されなければならない。第三者に対抗できないような和解を当事者双方はするわけもないから、もしそうなれば、この和解は要素の錯誤により無効であって、なお上告事件は係属中である。
いま和解条項について考察すると、(1)は、岡田モヨが、川口フキの本件宅地の所有権を認め、昭和二四年三月九日受付第一〇八九号をもってした所有権取得登記(売買予約の仮登記の本登記)の抹消登記手続をすることを約したわけであり、これは、川口フキが当初から本件土地の所有権者で、岡田モヨのみぎ本登記が違法であることを認めたことになる。(2)(3)は、川口フキの和解のための譲歩として岡田モヨに対してなされたものである。
川口フキは、みぎ和解調書に執行文を得て、岡田モヨの本登記の抹消登記をし、仮処分後の処分であって川口フキに対抗できない建設省の所有権取得登記(昭和二四年六月二一日受付第五四九一号同年三月三〇日買収を原因)の抹消登記手続をもすませた。
裁判上の和解には、既判力があり債務名義になるのであるから、和解条項に表現された文理どおりに解釈すべく、恣意の解釈は許されない。
(五) 川口フキの前述の訴訟事件の主位的請求と予備的請求は、訴の基礎の変更がない適法なものであるから、控訴審で予備的請求が認容され、主位的請求が排斥されたからといって、川口フキがした仮処分の効力に影響はない。
(六) 控訴組合が、本訴で、被控訴人に対して請求する損害額の明細は別紙のとおりである。
二、被控訴指定代理人
(一) 被控訴人主張の消滅時効の起算日は、昭和二六年四月二四日であって、この日は、建設省の長崎市国際文化都市建設計画街路事業の告示がなされた日の翌日であり、そのときまでの損害金は勿論のこと、そのとき以後の損害金も全部、民法七二四条による三年の経過によって消滅した。
(二) 本件は、最高裁判所でなされた控訴組合主張の和解の解釈が問題になるのではなく、川口フキがした仮処分が、真実の権利者でないもののした無効のもので、被控訴人は、真実の権利者である岡田モヨから適法に本件宅地の所有権を取得したから、みぎ仮処分の効力が被控訴人に及ばない点にある。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一、川口フキが昭和一五年七月二七日競落所有していた本件宅地に、昭和二三年一二月三一日岡田モヨのため売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、ついで、昭和二四年三月九日みぎ仮登記の本登記がなされたこと。川口フキは、本件宅地について自己の所有権を保全するため長崎地方裁判所に、岡田モヨを相手方として、本件宅地について処分禁止の仮処分を申請し、同裁判所は、昭和二四年四月八日本件宅地について売買、譲渡、質権抵当権の設定等その他一切の処分行為をしてはならない旨の処分禁止の仮処分命令をし(同裁判所同年(ヨ)第一八号事件)、翌九日その旨の登記がなされたこと、建設省はみぎ仮処分登記後である昭和二四年六月二一日、同年三月三〇日本件宅地を岡田モヨから買収したことを原因に所有権取得登記をえたこと、川口フキは、同年六月八日、みぎ仮処分の本案訴訟として、同裁判所にみぎ岡田モヨの本件宅地の本登記の抹消登記手続請求訴訟(同庁昭和二四年(ワ)第六七号)を提起し、「岡田モヨの本件宅地の取得登記の登記原因(売買予約と売買)が川口フキの意思にもとづかない無効のものである。」と主張したのに対し、岡田モヨは、「右所有権取得の原因について、昭和二三年一二月二八日川口フキに金二五万円を利息月七分弁済期日昭和二四年二月二八日と定めて貸与した際、売渡担保として本件宅地の提供を受けるとともに、本件宅地に売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をし、川口フキが弁済期日に右借用金を弁済しないときは、担保物件である本件宅地を代物弁済に充てるという約定で、川口フキから、これに必要な一切の書類を預っていたところ、川口フキがみぎ借用金を弁済期日に支払わなかったため、前記代物弁済契約に基づき本件宅地の所有権を取得し、前記仮登記にもとづく本登記手続をした。」と抗争したが、同裁判所は岡田モヨの主張を排斥し、岡田モヨに対し所有権取得登記の抹消登記手続を命ずる川口フキ勝訴の判決をしたこと、これに対し、岡田モヨは福岡高等裁判所に控訴した(同庁昭和二五年(ネ)第四五五号)ところ、同裁判所は、原判決を取り消して川口フキのみぎ請求を排斥したが、川口フキが予備的に請求していた「川口フキと岡田モヨとの間に昭和二四年五月一七日、川口フキが同月末日までに金三五万円を岡田モヨに支払えば、これと引換えに、岡田モヨは川口フキに対し、本件宅地の所有権取得登記の抹消登記手続をする旨の裁判外の和解が成立した。」ことを認め、岡田モヨに対し、金三五万円を受領するのと引換えに、みぎ所有権取得登記の抹消登記手続を命ずる判決を言い渡したこと、この判決に対し、岡田モヨは最高裁判所に上告した(同庁昭和二七年(オ)第一二〇五号事件)ところ、昭和二九年一〇月二一日午後一時の口頭弁論期日で裁判上の和解が成立したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そうして、川口フキはみぎ判決に対し上告または付帯上告をしなかったことは控訴組合において明らかに争わないから自白したものとみなすべく、みぎ裁判上の和解の条項が控訴組合が主張するような内容であることは、≪証拠省略≫によって認める。
二、みぎ裁判上の和解と本件仮処分について。
(一) みぎ争いのない事実や、≪証拠省略≫を総合すると、次のことを、みぎ裁判上の和解をする経緯として認めることができ、この認定に反する≪証拠省略≫は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。
川口フキは、上告審の訴訟代理人に弁護士松本光を選任したが、当時川口フキの内縁の夫であった訴外石川玄一は、再三松本光を訪れて事件の内容を説明し松本光と協議した結果、川口フキとしては、主位的請求どおり岡田モヨの本件宅地の所有権取得は、川口フキの意思にもとづかないものであるとの主張を貫徹することで一致し、岡田モヨの上告訴訟代理人弁護士橋本三郎に対し、みぎ岡田モヨがこの主張の線を認めることを前提に和解に応ずる旨の申入れをした。そうして、当事者間に和解の意思のあることを、同事件の担当裁判官であった岩松三郎裁判官に申し出たところ、同裁判官は、和解期日を開いて和解を試みた。和解では、川口フキ側は前記の線を強く主張したのに対し、岡田モヨ側も、本件宅地の所有権を適法に取得したと主張した。岩松裁判官は、本件仮処分がある限り、岡田モヨが川口フキの所有権を確認し、岡田モヨの所有権取得の無効を認めるのが最上かつ唯一の和解案であることを勧告した。そこで、岡田モヨは、この点では川口フキに譲歩し、川口フキが当初から引きつづき本件宅地の所有権者であることを認める代償として、岡田モヨは、川口フキに貸与したと主張する金二五万円の弁済を全く受けていないのでこの元利金と、岡田モヨが本件仮処分後被控訴人に本件宅地を売却して受領した代金は、川口フキの本件宅地の所有権を認める関係上、被控訴人に返還しなければならなくなることをも考慮に入れて算出される相当な金を、川口フキから受け取ることによって和解する意向に固まった。そうして和解の最終回である昭和二九年一〇月二一日には、川口フキ、石川玄一、岡田モヨ、その夫および各訴訟代理人が最高裁判所に集まり、ここに控訴組合が主張する内容の和解が成立した。条項中(1)は、岡田モヨが、第一審以来本件宅地の所有権が川口フキにあることを認め、その妨げとなる自己の所有権取得登記の抹消登記手続を約したもので、(3)は前記のようにして算出した金額を最終的に金八〇万円に折り合ったもので、これは川口フキの岡田モヨに対する譲歩の一つである。(2)は、岡田モヨが、道路敷にならない同(2)の土地でたばこ店を開きたいから無償で譲渡するよう求めたのに対し、川口フキがこれも譲歩した結果できたものである。
みぎ認定の事実によると、本件仮処分の本案訴訟の上告審で、川口フキと岡田モヨ間に、本件宅地の所有権は、第一審したがって、本件仮処分の当初から以来川口フキにあったことを、裁判上の和解によって確認したことになり、その結果、本件仮処分の被保全権利である川口フキの本件宅地の所有権が確定判決と同一の効力がある裁判上の和解によって終局的に確定されたといわなければならない。
(二) 被控訴人は、川口フキは上告しなかったから、控訴審で川口フキの主位的請求は排斥され、この部分は川口フキの敗訴として確定した結果岡田モヨが本件宅地の所有権者であることが確定されたと主張しているが、岡田モヨがした上告によって、川口フキの主位的請求部分も上告審に潜在的に移審したことになり、被控訴人が主張するようにこの部分が川口フキの敗訴に確定したわけではない。そうして、上告審ではむしろ川口フキの主位的請求について裁判上の和解をしたことは前記認定の事実からして明らかであり、民訴法上適法な和解であることは多言を必要としない。
(三) 被控訴人は、みぎ裁判上の和解は、川口フキが岡田モヨから、新に本件宅地の所有権の譲渡を受けることを取りきめたものであるから、本件仮処分後のものであり、本件仮処分の被保全権利となりえないと主張しているが、本件裁判上の和解がそのような新な譲渡であることを認めることができる証拠はどこにもなく、却って、さきに認定したような経緯であることが認められる。
すなわち、仮処分裁判所は、仮処分命令発付に際し、債権者に、被保全権利と保全の必要性とを疎明させ、一応これがあるとき、みぎ命令を発するのが一般である。そして、その当否は、仮処分異議又は上訴で争われ、或いは、これとは別に、本案訴訟において、窮極的に被保全権利について争われることになる。ところで、本案訴訟は、請求の基礎に同一性がある限り変更できるわけである(民訴法二三二条)から、これに附随する保全処分の被保全権利も、みぎの範囲内で変更が許され、本案訴訟で、請求の基礎に同一性のある請求について、仮処分権利者勝訴の確定判決又はこれと同視できる裁判上の和解、認諾がなされた場合にも、みぎ仮処分の被保全権利があるものとして、仮処分の効力を認めるのが相当であるところ、まして、仮処分の被保全権利そのものについて、仮処分権利者勝訴の確定判決に相当する裁判上の和解がなされたとき、仮処分が有効であることは勿論である。
本件において、本件仮処分の本案訴訟の上告審で、岡田モヨは、川口フキの主位的請求である川口フキが本件宅地の所有権者であって、自分の所有権取得は無効でありその登記は抹消されなければならないことを認める旨の裁判上の和解をしたのであるから、本件仮処分の被保全権利と、みぎ裁判上の和解により川口フキに認められた本件宅地の所有権は全く同一の権利であり、裁判上の和解によって新な権利を川口フキが取得したわけではなかったといえる。したがって、被控訴人のこの主張は採用に由ない。
三、被控訴人(建設省)の本件宅地の取得について。
(一) 建設省が、昭和二四年三月三〇日岡田モヨから本件宅地を買収し、本件仮処分後である同年六月二一日、その旨の所有権取得登記をへたことは当事者間に争いがなく、みぎ建設省の取得登記が、昭和三一年四月一九日、川口フキによって、みぎ裁判上の和解の和解調書の執行として抹消されたことは、被控訴人の自認するところである。
本件仮処分が有効であること、および、仮処分権利者川口フキが仮処分債務者岡田モヨと本件宅地について、川口フキ勝訴の確定判決と同様の裁判上の和解をしたことは、前述したとおりであるから、本件仮処分後に、みぎ岡田モヨから譲渡を受けた旨の登記をした建設省の本件宅地の所有権取得は、本件仮処分権利者である川口フキに対抗できない筋合である。したがって、川口フキがした、みぎ抹消登記手続は正当であるといわなければならない(最高裁判所昭和二八年(オ)第一三四〇号同三〇年一二月二六日判決民集九巻二、一一四頁)。
(二) 被控訴人は、みぎ抹消登記手続は、川口フキが単独でしたもので、建設省の承諾又は建設省に対抗しうる裁判の謄本がないから無効であり、建設省の取得登記が抹消されているからといって、建設省は本件宅地の所有権を失なわないと主張しているが、本件仮処分が有効であり、建設省の所有権取得が川口フキに対抗できないのであってみれば、川口フキが単独で和解調書の執行としてみぎ抹消登記手続をしたことは適法な措置であって、被控訴人のこの主張は採用に由ない。
四、被控訴人の不法行為について。
(一) 長崎復興都市計画街路事業が決定認可され、被控訴人が、建設省において所有者である岡田モヨから本件宅地をみぎ事業の街路予定地として買収したとして、昭和二四年三月三〇日から本件土地を占有し、みぎ事業完成後は、引き続き道路管理者として、本件宅地を道路として一般公共の用に供し、これを占有していることは当事者間に争いがない。
(二) さきに説示したとおり、川口フキと岡田モヨとは、昭和二九年一〇月二一日最高裁判所で、本件仮処分の被保全権利について、川口フキ勝訴の確定判決と同視される裁判上の和解をしたが、裁判上の和解も私法上の和解の性質を帯有する限り、川口フキと岡田モヨとの間で、本件宅地に関する所有権が川口フキにあるとしたもので、客観的にそうであったかどうかはみぎ裁判上の和解からは不明であるといわなければならない。そうだとすると、川口フキが、仮処分の効力を、みぎ仮処分に抵触する処分によって取得した第三者である被控訴人に主張できるのは、少なくとも、みぎ裁判上の和解をした日である昭和二九年一〇月二一日からであると解するのが相当である。
(三) 仮にそうでなくて被控訴人は、昭和二四年三月三〇日から本件宅地の不法占拠者であり、所有者川口フキに賃料相当の損害を被らせたとしても、川口フキは、おそくともみぎ裁判上の和解をした日にその損害を確知したものと認めるのが相当であるから、みぎ昭和二九年一〇月二一日から三年を経過した昭和三二年一〇月二一日の経過とともに、川口フキの被控訴人に対する昭和二四年三月三〇日から昭和二九年一〇月二一日までの損害賠償債権は、時効によって消滅したとしなければならない。控訴組合は、昭和二四年三月一日から昭和二四年三月二九日までの分も請求しているが、控訴組合が、これを譲り受けた旨の主張がない。
(四) 被控訴人は、昭和二九年一〇月二二日以後、川口フキに対する関係で本件宅地を占有する正権原について、なんら主張立証しない。被控訴人は、岡田モヨから、建設省が本件宅地を買収したと主張しているが、これを川口フキに対する関係で適法に主張できないことはさきに説示したとおりである。したがって、被控訴人は、川口フキに対する関係で本件宅地の不法占拠者であるという外はない。
(五) 被控訴人は、川口フキが本件宅地の所有者であることを知らなかったし、知らなかったことについて過失がないと主張している。
≪証拠省略≫によると、昭和二四年当時、被控訴人の復興局の担当官である訴外海気清義に対し、岡田モヨから、本件宅地を道路敷として買収するよう申入れがあったが、間もなく、川口フキの使用人である訴外高戸たか子がきて、本件宅地について川口フキと岡田モヨとの間に所有権の争いがあるから買収は控えるよう訴え出た。海気清義は、川口フキのみぎ申出でに対し考慮を払わないで、岡田モヨの申入れにしたがって買収を進め、被控訴人(建設省)への所有権取得登記手続をしたが、長崎地方法務局からその書類が返戻された。そこで、同人は、同局で登記簿を調べた結果、川口フキの本件仮処分の登記がなされていることを知った。それにも拘らず、同局にみぎ書類の受理を頼み、ようやく建設省名義の取得登記ができた、ことが認められ、≪証拠省略≫によると、川口フキは、本件宅地が建設省名義に登記された以後も、被控訴人に抗議したが、被控訴人は、裁判で川口フキが勝訴すれば、川口フキから買収すると約束するだけで、本件宅地の占有を継続したことが認められ、みぎ各認定に反する証拠はない。
みぎ認定の事実からすると、被控訴人は、本件仮処分がなされていることに深く考慮を払わなかったもので、不動産処分禁止の仮処分登記後の所有権取得登記をしても、仮処分権利者に対抗できないことが法律上あり得ることはたやすく理解できたのに、ことここに出ず、これらのことを全く無視して本件宅地を道路敷にして占有を継続する被控訴人の態度には、すくなくとも過失があると評価できる。
したがって、この主張は採用しない。
(六) 被控訴人は、川口フキは上告審のみぎ裁判上の和解によって本件宅地の所有権を取得したから、その履行として、本件宅地についての岡田モヨと建設省の各所有権取得登記が抹消され、川口フキの所有名義が回復された昭和三一年四月一九日に、川口フキは完全な所有権者となった。したがって、被控訴人の昭和二四年三月三〇日から昭和三一年四月一九日までの本件宅地の占有は建設省の所有権にもとづく適法なものであると主張しているが、みぎ裁判上の和解によって、川口フキが新に本件宅地の所有権を取得したものとしたのでないことは前に説示したとおりであるから、この主張は採用に由ない。
(七) しかし、控訴組合が川口フキから被控訴人に対する損害賠償債権を譲り受けたとして、本訴を提起したのは、昭和三三年七月一日であることは、当裁判所に明らかである。
そうすると、裁判上の和解をした日である昭和二九年一〇月二一日の翌日である二二日からみぎ本訴提起の日より三年前である昭和三〇年六月三〇日までの川口フキの被控訴人に対する損害賠償債権は時効によって消滅したことになる。
五、損害額について。
(一) 以上の説示によると川口フキは、昭和三〇年七月一日から、本件宅地の不法占拠者である被控訴人に対し、賃料相当の損害賠償の請求ができることは当然である。
(二) 被控訴人は、本件宅地は道路敷として一般公共の用に供されているから、道路となったとき私権の対象となりえず滅失したものといわなければならない。そうして、このときの交換価値が川口フキの被った損害である。その額は昭和二四年三月三〇日当時の本件宅地の時価である金四〇万二、五〇〇円が相当であると主張している。しかし、被控訴人は、すくなくとも過失によって、本件宅地を不法占拠しているのであるから、それを道路にしたからといって、それは被控訴人の単なる勝手にすぎず、本件宅地自体が物理的に滅失したわけでない限り、川口フキは、被控訴人の不法占拠により、本件宅地を使用収益することによって挙げうる利益、即ち賃料相当の金員をうることができなくなっているといわなければならない。そうして、被控訴人は、その後改めて川口フキから本件宅地を買収して適法にここを占有していることを、なんら主張立証しないから、この主張も採用に由ない。
(三) ≪証拠省略≫を総合すると、川口フキは、昭和三二年一二月二七日、控訴組合に対し、みぎ被控訴人に対する損害賠償債権を譲渡し、同月二八日被控訴人に対し、川口フキが控訴組合に対し昭和二四年七月一日から昭和三二年一二月二七日まで年額金九〇万一、六〇〇円の割合による損害賠償債権を譲渡した旨の譲渡通知をしたことが認められ、みぎ認定に反する証拠はない。
(四) 控訴組合が川口フキから譲り受けたみぎ債権の損害額は次のとおりである。
原審鑑定人田中一郎の鑑定は、その算出に供した基礎資料を明らかにしていない。しかし、≪証拠省略≫の額と大差がないことが彼此の対比によって判るので、田中鑑定を是とし、当審鑑定人岡本新一の鑑定の結果をも加え、これらによって認定することとする。なおこの認定に反する証拠はない。
(1) 昭和三〇年七月一日から昭和三一年二月末日まで。
田中鑑定によると、昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月までの賃料が年額金五〇万五、八〇〇円であることが認められるので、これによって頭書の期間の賃料相当損害金を計算すると、金三三万七、二〇〇円になる。
(2) 昭和三一年三月から昭和三二年二月末日まで。
田中鑑定により金五七万一、五〇〇円と認める。
(3) 昭和三二年三月から同年一二月二七日まで。
田中鑑定によると、昭和三二年三月から昭和三三年二月までの賃料は年額金七二万一、二〇〇円であることが認められるので、これにより、頭書の期間の賃料相当の損害金を計算すると、金五九万三、二二六円になる。
(4) 以上の合計金一五〇万一、九二六円が控訴組合が川口フキから譲渡を受けた損害額で、これらは、いずれも、川口フキが控訴組合に譲渡したと主張する年額金九〇万一、六〇〇万円の損害額の範囲内であることは明らかである。
(五)(1) ≪証拠省略≫によると、川口フキは、昭和三二年一一月三〇日、控訴組合に対する約金七〇〇万円の債務の弁済に代え、本件宅地を控訴組合に譲渡したので、控訴組合は、昭和三三年二月七日受付第二〇一九号によってその旨の所有権移転登記手続をした(この登記をしたことは当事者間に争いがない。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、控訴組合は、昭和三三年二月七日からは、本件宅地の所有権者として、その不法占拠者である被控訴人に対し、損害の賠償請求ができるとしなければならない。
(2) 控訴組合は、昭和三二年一二月二八日から、昭和三三年二月六日までの損害金をも請求しているが、この間の損害金を控訴組合が譲り受けた証拠がないから、この分の請求は棄却する。
(六) 控訴組合が直接被った損害の額は次のとおりである。
この損害額の認定も、前掲各証拠によることとするが、当審証人岡本新一の証言を加える。
(1) 昭和三三年二月七日から昭和三四年二月末日まで。
田中鑑定により、金九六万六、六一二円と認める。
(2) 昭和三四年三月一日から昭和三五年二月末日まで。
田中鑑定により、金一一一万一、六〇〇円と認める。
(3) 昭和三五年三月一日から昭和三六年三月末日まで。
岡本鑑定により、金一三三万五、一六五円と認める。
10万2,705円×13=133万5,165円
もっとも、岡本鑑定は、昭和三五年九月からの賃料しか算出していない。しかし、田中鑑定の同年三月から同年八月までの賃料が、月金二七万四、六三三円であって、前年度の月金九万二、六三三円と比較すると約三倍にもなっているが、その妥当性を裏付ける資料がないから、岡本鑑定の月金一〇万二、七〇五円の方が、前年度の月金九万二、六三三円と釣り合いがとれ、相当な額と考えられる。そこでこれを採用して算出することにする。
(4) 昭和三六年四月一日から昭和四二年三月末日まで。
岡本鑑定により、控訴組合主張どおりの金額が認められる。
(5) 以上の合計金一五二九万四、二〇五円が、控訴組合が直接被控訴人の本件宅地の不法占拠により被った賃料相当の損害額である。
(七) したがって、控訴組合が被控訴人に請求できる損害額は、合計金一六七九万六、一三一円である。
150万1.926円+1529万4205円=1679万6.131円
六、むすび
以上の次第で、被控訴人は、控訴組合に対し、金一六七九万六、一三一円を支払わなければならないから、控訴組合の本件請求はこの範囲で正当であり、これと異なる原判決は取消しを免れない。なお控訴組合は、みぎに対し担保を条件とする仮執行の宣言を求めているが、これを付さないのが相当であるから、この申立てを却下する。そこで、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 宅間達彦 判事 古崎慶長 判事小林謙助は退官のため署名捺印することができない。裁判長判事 宅間達彦)